小さなお花屋さんから

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2008年 02月 07日

みーちゃんと眠る最後の日

4日は夫と代りばんこでずっとみーちゃんを抱っこした。
 
抱っこしながら、2人でみーちゃんの話をした。

初めて一緒に暮らすため、みーちゃんを空港に迎えにきた時。
それが夫とみーちゃんの初対面。

その頃夫は2サイクルのジムニーに乗っていて、エンジン音がとてもうるさい車だった。

初めて飛行機に乗せられた上に、うるさい車に乗せられて、着いた所は全く知らない家。

ついて直ぐ、食器棚の下の狭いスペースから何時間も出てこなかった。

ようやく出てきて、私を見るとおちついたようだったが、夫の存在にびくびくしていた。

みーちゃんは男性の低い声がキライだったから、夫にもびくついていたけどあっという間に慣れて、私たちはすぐに家族になった。

それから10年。

みーちゃんとの思い出はおもしろいことばかり。
いつも私たちを笑わせてくれたねーと言った。

いつも2人で並んで座ると、自分もソファーに飛び乗って来ていたみーちゃん。
そんなことする猫にこの先会えるだろうか。

みーちゃんは幸せだったかなと思った。

ひざの上のみーちゃんに、私たちは幸せだったよと言った。
みーちゃんに幸せにしてもらったよ、ありがとうと言った。

そうして思い出話をしながら、不思議と楽しかった話ばかり思い出して、2人で笑った。

でも次の瞬間、ひざの上のみーちゃんに目をやると、現実に引き戻されて泣いた。

どうして?なんでよ、みーちゃんと言って泣いてしまう。
みーちゃんの体を揺さぶりながら、すがり付いて泣いた。

夫は、みーちゃんを抱きながらインターネットで、みーちゃんと同じような症状の子の闘病記のような物を見ていた。

彼は、みーちゃんが入院した時からこれからの介護生活に備えて、ネットで介護の方法や食事、サプリメントなど調べていた。

また、近くにあるよさそうな病院も探していた。

私たちはみーちゃんを介護するつもりだったから、現実を見ようとしていなかったのかもしれない。

あきらめきれない私たちは、今でもネットで治療法を探している。

今思えば、みーちゃんはたくさんのサインを出していた。

食事を少し残すようになっていたこと。
息が荒く感じたこと。
顔つきが元気がなさそうだったこと。
鼻水に血が混じっていたこと。
トイレで声を出していたのも聞いたことがあった。

これだけ揃えば、普通は病院なのだが、何故か私は大丈夫だと思ってしまった。

それよりも自分の仕事や用事で頭がいっぱいだったと感じる。
元気な部分だけ見てみーちゃんの元気さを過信してしまったこと。

もともと肝臓の数値が悪かったから、風邪を引かさないように気を配っていたつもりが生ぬるかった。
もっと定期的に病院に連れて行くべき状態だったのだ。

どうして早めに検診につれていってやらなかったのか・・・

ストレスをかけたくないのと、ワクチンを高齢のため何年か受けていなかったため、病院には極力行きたくなかった。
病院の診療時間と私の仕事のリズムが合わなかった。
去年は歯が悪くなっていて、同時に右腕に脂肪の塊の様なものを発見して、そちらにばかり気をとられ、歯がおもわしくないようすの時に連れて行こうと思って、それ以外の所を気にかけてあげていなかった。

私のせいだと思った。
私たちのせい。

もっとちゃんとした人のところにいたら、今もみーちゃんは幸せだったにちがいない。

そう思ったら悔しくて泣けてきた。

その夜、みーちゃんといつもと同じようにベッドで寝た。

みーちゃんは、夜寝る時「寝るよー」と言うと、自分のベッドからサーっとでて、私たちを追い越し、階段の上で顔だけ出して待っている。

私たちが階段の上に来ると、小走りにベッドの部屋に入って、自分の好きな場所を一番に確保していた。
それは私の枕の上。

いつも私はみーちゃんと枕を一緒に使って寝た。

でもみーちゃんは、不思議と30分位したら下に降りていって、自分のベッドで寝ていた。

上の方が暖房もつけて暖かいのに、不思議がったが、したいようにさせていた。

それもいけなかったのかもしれない。

一階の朝方の気温は10度以下。ペットヒーターをベッドと一緒にダンボールの中に入れてあるとはいえ、寒かっただろう。

朝にはいつの間にかまた枕に来ていたから、寒くて戻ってきていたのかもしれない。

そういえば、倒れる当日の朝。
夫が朝見たら、みーちゃんは私の枕の上に座って、眠る私の顔をじっと見下ろしていたらしい。

その顔はいつものみーちゃんとは全然違っていて、変な感じだったらしい。

私はその日、熊本から帰って疲れていたので、お昼ごろまで寝ていた。
みーちゃんは2回起こしにきたが、私は布団に入れてやり、一緒に寝た。

お昼前に起きて、一階に下りてご飯を作ったが、みーちゃんはトイレにいた。
のぞいていると、みーちゃんはトイレでウにゃニャーと泣いて、2階に戻っていった。
ごはんを食べないのはおかしいと思ったが、トイレしてまた昼からベッドで寝るということはみーちゃんの生活パターンだったので、特におかしいとも思わなかった。

もしも熊本に行かずに家にいたら、きっと何日か前からの変化があっただろうから気づいていたかもしれない。

でも、どちらにしてもその頃は忙しく、気づいてやれてなかったかもしれない。

そんなことを思いながら、いつもどおり、みーちゃんを私の枕の上に寝かせた。

お腹のところが波打って見え、息をしているみたいだった。
生き返ったのかも!と思い、みーちゃん!と呼ぶが気のせい。
こんなことがこのあと何度もあった。

みーちゃんの手を握りながら眠る。
柔らかく、ピンクのままの肉球はいつもどおりの触り心地なのにとても冷たかった。
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by posy-bouquet | 2008-02-07 16:21


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