小さなお花屋さんから

hanayaposy.exblog.jp
ブログトップ
2008年 02月 07日

いよいよお別れの日

5日の朝。私は泣きつかれたのと、前日から寝ていなかったせいか一度も起きることなく目が覚めた。
習慣で枕元にみーちゃんがいるか確認する。

いつもどおりすやすやと眠っているようなみーちゃん。

一瞬、今までのは悪い夢で、みーちゃんは生きてるんじゃないかと思った。

夫にあれ?みーちゃんって生きてるよね?と聞くと、いいやと答えた。

また朝から声を上げて泣いた。

夫が仕事に行ってから、みーちゃんのためにろうそくとお線香をつける。
いつもどおり、みーちゃんにキャラットを温めてあげた。

今日は朝11時に酸素ルームの人が引き取りに来ることになっていた。

酸素ルームの人は、みーちゃんに長いこと手をあわせてくれた。

この方もペット好きらしく、ワンちゃんや猫もたくさん飼っていると言っていた。

私がこうなった経過を説明すると、やはり個人病院に病気でかかると、時間の面で制約があって助からない子とかもでてくるらしい。

私が今回頼んでいた病院も、かかりつけではなかったし、時間にきっちりした先生だったようだ。

この人も、普段の予防接種やごはんを買ったりするのは近くの病院で済ませて、検査や治療は大きな病院で、先生も何人もいる所、夜間の診療や時間外も対応してくれるところに決めているらしい。

私も長年通っていた病院が、先生は優しくていいのだが、検査結果見てもはっきりとした診断を下してもらえずもう一つ病院にかかっていたんです。と言った。
でも、その病院も結局は個人病院で、先生が一人のため、対応が十分ではなかった。
引越しを機に、近くで体制の整った病院を探そうとした矢先だった。

かかりつけの病院の名前をうっかり言うと、そことも取引があるらしく知っていた。
あそこの先生は判断が遅いと言っていた。

私も長年、そこに信頼しきれない部分を感じていたので、やはりそうかと思った。

ここだけの話し、そこの病院から連絡もらって配達に行こうとすると、大抵間に合わないことがあるらしかった。

やはりさっさと病院を変えておけば良かったんだろうなと思った。

でも、これも私の判断ミス。悔しかった。


酸素ルームの人は奈良の動物病院の事情通だった。
もっと早くにあっていたらなと思う。

たくさん励ましてくれ、色んな情報も教えてくれ、帰って行った。


みーちゃんと2人になって、最後だしたくさん抱っこした。

いつものように縦抱きしたら、みーちゃんの首がぐらんとなって、私の肩にばさっと乗った。
当たり前だが、死んでしまってるんだなと思って泣いた。

たくさん抱っこして、たくさんなでてあげた。

みーちゃんの毛並みは死んだあともしっとりとしてつやつやで、何だか暖かかった。

私はみーちゃんのお腹と頭の周辺や首筋の匂いが好きだった。

絶対に忘れたくなくて、ずっと匂いを嗅いでいた。
いつもと同じ匂い。今にもゴロゴロと喉が鳴りそうなのに鳴らなかった。

どうして?何で?としか浮かばなくなった。

みーちゃんと呼びながら泣いて、すがって、みーちゃんの自慢の毛並みが私の涙でぐしょぐしょになってしまった。


夫が帰ってから、まだ行くまでに時間があったので、最期のブラッシングをしてもらうことにした。
みーちゃんは夫にマッサージとブラッシングをしてもらうのが大好きだった。

専用のゴム状ブラシを手に、カーペットの上をトントンと夫がたたくと、すっと寄ってきて、ごろんと横に鳴り、マッサージとブラッシングをねだった。

そう言えば、今年に入ってマッサージは一度もしてやってないんじゃないか。
もっとたくさんしてあげてたらよかったなあと夫が言った。


いつものように夫がブラッシングすると、毛がたくさん抜けた。
私はそれを残らず集めて、袋に詰めた。

以前からみーちゃんの爪やひげは見つけたらとっておくようにしていたが、毛だけはなかったので、大事に集めた。


出かける時間、最後にみーちゃんを抱っこして、家の中をぐるっと廻った。

みーちゃんの思い出を話しながら、階段を上り、いつも寝ていたベッドにもう一度寝かせてやった。

最後に3人でもう一度川の字になった。

ありがとう、ありがとうと言いながら、なでなでした。

それから家を出て、みーちゃんに絶対覚えておいてよ!と言った。
また帰ってこなければいけないんだから。

車で枚方へ向かう途中、かなり渋滞していた。
時間には間に合うか心配だったが、少しでもみーちゃんをなで続けたい私はずっと渋滞してくれと思った。

車の中、夫とみーちゃんはまた帰ってきてくれるかなあ。また会えるかなあと話をした。

私はみーちゃんに今度生まれてくる時も白黒の猫ちゃんか、お姉ちゃんの赤ちゃんとして生まれておいでと言った。
みーちゃんが必ず戻ってきてくれるなら、赤ちゃんを産みたいと思った。

みーちゃんは、猫だったら私たちを見つけて絶対話しかけてくるはず。
必要以上ににゃおにゃお言ってくる猫に出会ったらみーちゃんだよね、と話をした。

必ず必ず、また生まれておいで。
みーちゃんが嫌じゃなかったら、また私たちの家族になってねとお願いをした。

夫はみーちゃんに、女の子で白黒で、短いしっぽを付けててね、約束だからね。と言っていた。
今のみーちゃんそのままだなあと思った。

葬儀場について、ペットの位牌がたくさんある所でみーちゃんのお葬式をした。

まずはみーちゃんをいつものベッドに寝かせて、どら焼きやアイスクリーム、好きだったごはん、お花、愛用してたおもちゃで飾ってやった。

それからお焼香。

お経を流しながら、ありがとうと言いながら、手をあわせた。

あっという間にお別れの時間。

みーちゃんを焼き場に移す。

焼き場に入れてからも、もう一度撫でてキスをさせてもらった。

みーちゃんまたね。と言って、蓋を閉められて、みーちゃんはダビに付された。


1時間ほど待って、係りの人が呼びにきた。


案内された部屋に行くと、白い骨だけになったみーちゃんが横たわっていた。

みーちゃんの骨はとても小さく、全部拾うのは大変だった。
最終的に、許可をもらい、素手で拾ってあげた。
その方が崩れないし、小さい所も拾ってあげられた。

みーちゃんは全部つれて帰ってあげないと、と思って必死に骨壷に詰めた。

頭の部分もしっかりしていて、歯も残っていた。
奥歯が悪かったが、それもかろうじて残っていた。

全部詰めて、安定するように少し手直ししてもらった。
帰る途中に中でガラガラと頭が落ちたりしたらいけないから。

骨壷は桐の箱に入れて、ちゃんとした外カバーをかけてもらえた。
シルバーのきれいなカバー。白い房がみーちゃんのイメージで選んだ。


係りの人も、遅くまでつきあってくれ、感じのいい人だったし、いいお葬式が出来たと思う。

帰りの車の中、自分でも驚くほどすっきりと、穏やかな気持ちでみーちゃんを持っていられた。

一つ区切りがついたのかもしれない。

悲しいのは悲しいが、不思議と穏やかなきもちで、みーちゃんの遺骨を持って帰る事ができた。
[PR]

by posy-bouquet | 2008-02-07 20:02


<< 区切りのため      みーちゃんと眠る最後の日 >>